近代看護はナイチンゲールを中心として発展してきました。アメリカを中心にナイチンゲールの功績が広まって行きましたが、日本の看護にはどの様に影響してきたのでしょう。看護の歴史をさかのぼってみましょう。
ナイチンゲールは看護のシンボルとして、色あせる事なく今の看護にも息づいています。元々宗教色の濃かった博愛主義の看護から、科学的根拠を元に看護を行うナイチンゲールの精神はどんどんと広がりを見せます。現代看護の起点とも言える聖トーマス病院での看護学校開設は、クリミア戦争での看護の功績を称えられ、ビクトリア女王から送られた資金で設立されました。その看護学校は、従来と全く異なる独立した看護学校だったのです。
その後、卒業生によって、アメリカを中心に世界にナイチンゲール方式の看護は広まり発展していきます。その中にキリスト教や人道主義の精神は引き継ぎましたが、看護はひとつの職業として伝えられました。その後、ナイチンゲールの看護は国家によって、1880年から1900年までの間にアメリカ全土に約1000校の看護学校が設立したのです。看護教育の大学課程の発展もしていきます。初の大学課程として1929年にエール大学にて、病院看護のみではなく公衆衛生看護と併せて教育が行われていきました。この形は現代に引き継がれいます。
また、看護学校の同窓会から発展した看護の職業団体が、アメリカ看護教会として1911年に発足しました。この協会は、看護職の教育向上や倫理規則の制定、看護職の有用性の広報や、福祉の向上等を目的として職業の発展のために活動しています。
日本の看護の歴史も、古くは宗教色が強いものでした。ヨーロッパではキリスト教、日本では仏教の僧侶が看護に長くあたっていたのです。まさに今の男性看護師ですね。その後、看護が職業となるのはさほど古くはありません。日本で看護師が生まれたのは戊辰戦争の時です。日本にもナイチンゲールの功績が伝わり、女性が傷病兵の手当に当たるようになりました。明治時代になると、専門の看護師を育てる日本初の看護学校が開設されました。以後、多くの女性が看護師として働くようになったのです。
ナイチンゲールの功績は、クリミア戦争での活躍ばかりではなく、ナイチンゲール看護学校の創設等で多岐に渡ります。中でも『看護覚え書き』という書物で、看護とは何かを初めて文章に残した事が看護学に大きな影響を与えたようです。この書物では病気とは、健康とはどういうことかを細かく記していて、看護とは医師の違いや、患者の生命力の消耗を最小限にして自然治癒力を高めるようにすることだと伝えています。新鮮な空気や太陽の光の採り入れ方、静かな環境で清潔さを維持する方法、食事の内容、病人に対する言葉のかけ方など、とても具体的に書いています。約150年前に書かれたものですが、その内容は現代の看護学の基礎として続いています。医療技術が進んだ現代に読んでも、まったく古さを感じさせない素晴らしい覚え書きを残した事も功績のひとつです。
ナイチンゲールは看護師として画期的な看護方法を確立し実践した人なので、看護師のイメージが強いですが、看護師の実働年数はほんの2年半でした。実際は管理者として優秀な人だったようです。彼女の管理者としての功績も調べてみましょう。
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